規約の文章だけでAIがコーディング規約を学習するのは難しい?

「コーディング規約の文章だけで学習するのは無理か?」という点ですが、結論から言うと、規約の文章(自然言語)だけでAIモデルが直接的にコーディング規約の違反を検知・判断するのは、非常に難しいです。

 

なぜ規約の文章だけでは難しいのか?

 

主な理由は以下の通りです。

  1. 自然言語とコードのギャップ: 規約の文章は、人間が理解しやすいように書かれた自然言語です。一方、AIモデルがコードの構造や意味を理解するためには、抽象構文木(AST)やデータフローなどのプログラミング言語固有の構造が必要です。この自然言語とコード表現の間に大きなギャップがあります。AIがこのギャップを埋めるには、膨大な量の「規約の文章」と「それが適用される(または適用されない)具体的なコード例」のペアを学習する必要があります。

  2. 文脈依存性と言い換えの多様性: コーディング規約の文章は、同じ意味でも様々な表現が使われたり、特定の文脈でのみ適用されるルールが多く存在します。例えば、「ポインタの算術演算は避けるべきである」という規約があったとしても、その「ポインタの算術演算」が具体的にどのようなコードパターンを指すのか、また「避けるべき」が「禁止」を意味するのか「推奨」を意味するのかは、文脈によって解釈が異なります。AIがこれらの多様な表現や文脈を正確に理解し、コードに適用するのは至難の業です。

  3. 解釈の曖昧さ: 人間の言語である以上、規約の文章には多かれ少なかれ曖昧さが含まれることがあります。AIは、この曖昧さをコードに適用する際に、誤った判断を下すリスクが高まります。人間であれば解釈の余地がある場合でも、AIは「明確な正解」を求めます。

  4. コードの複雑性: 実際のコードは、関数呼び出し、ループ、条件分岐、変数スコープなど、複雑な相互作用を持っています。規約の文章からこれらのコードの動的な振る舞いや潜在的な問題をAIが推論することは、現在の技術レベルでは極めて困難です。

 

別の可能性:自然言語処理NLP)の活用

 

しかし、全く無意味というわけではありません。規約の文章を完全に無視するのではなく、補助的な情報として活用することは考えられます。

  • 規約ルールの分類・検索: 規約の文章を自然言語処理で分析し、類似するルールをまとめたり、特定のキーワードに関連するルールを検索したりするシステムは構築可能です。これは、人間が規約を探す手間を省くのに役立ちます。

  • ルール説明の生成: 違反コードを検出した際に、その違反がどの規約ルールに該当し、なぜそれが問題なのかを、規約の文章を基に分かりやすく説明するシステムは考えられます。これは、開発者へのフィードバックを強化します。

  • 「規約の文章+コード例」の学習: 規約の文章と、それに関連する具体的なコード例(違反例と準拠例)をセットで与えて学習させることで、AIは自然言語とコードの対応関係を学ぶことができます。これは、前回のブログで述べた「データ収集と準備」におけるアノテーション作業を高度化したものです。

 

結論

 

現在のAI技術では、コーディング規約の文章だけを与えて、コードの規約違反を直接かつ高精度に検出するAIモデルを作成するのは現実的ではありません。 AIモデルがコードを理解し、規約を適用するためには、具体的なコード例(準拠しているコードと違反しているコード)と、それに対応する規約のラベル(アノテーション)が不可欠です。

規約の文章は、人間が理解するための「知識ベース」であり、それをAIが活用するためには、コードという「具体的なデータ」と紐づけるための仲介役(アノテーション)が必要になります。